謹賀新年
2020
EVITER LES CONTREFACONS
ニセモノは避けること
 
 Chocolat Menier の包み紙の女の子が壁に書いているフレーズだ。
 
 23歳でフランスに渡って、シュペルマルシェ ”Casino” で目に留まり、釘付けになってしまった包み紙のデザイン。わたしの心のなかで、小林秀雄の『真贋』と響き合って、大好きなショコラのひとつになってしまった。
 
 思い返せば「ホンモノか、ニセモノか」という興味深い問いは、幼い頃からわたしの心を支配続けてきたひとつの判断基準だった気がする。ホンモノだと思っていたものが、実はニセモノだった、という気づきの連続だった。
 
 そして、伏せられたカードをひっくり返すように、殆どすべての「ホンモノ」が、「ニセモノ」へと姿を変えるにつけ、わたしの「常識」もアップデートされていった。
 
 確かなものは何か? 信じるに値するモノなどそもそもあるのか? 探求のために不可欠な言葉もまた、嘘をつく道具ではないのか? こうして、わたしたちは永遠のパラドックスのなかに巻き込まれている。
 
 様々な言葉のレトリックで構成されている「哲学」は、思考する者に自己満足を与え、読む者にマゾヒスティックな苦痛と悦びを与えるが、徹頭徹尾虚構であり、詰まるところホンモノではない。同じくレトリックで構成される「文学」はすでに堂々と虚構を謳っており読者に愉悦を与える。
 
 わたしのなかのシンプルだが深遠な問いである「ホンモノか、ニセモノか」は今も作動し続けている。
 
 ジャック・ラカンは、ホンモノのようでホンモノでないものを「サンブラン semblant」と呼んだ。そしてロラン・バルトの『記号の帝国 L'Empire des signes』を捩って、日本を『サンブランの帝国 L'Empire des semblants』と表現した。
 
 確かにわたしたちの日常はサンブランで溢れている。書割のような、見せかけだけでできている上滑りの文化。TVから放射されるわざとらしいCMの数々、街に出れば、偽りの音と光の洪水。建物に入ればニセモノの室内装飾、実木と見紛う木目、夥しいコピー商品、上滑りな享楽。すべてサンブランだ。ホンモノに見せかけたニセモノであふれている。
 
 わたしのホンモノ探しの旅が始まって半世紀になろうとしている。そして今年も「ホンモノ」を求めて新たな一歩を踏み出すことになる。とくに今年は、昨年より再開した精神科臨床の実践のなかで、なによりもまず、クライエントからホンモノとニセモノの峻別の術を学ぶだろう。それはまた、ホンモノの治癒とニセモノの治癒の違いも明らかになるだろう。
 
 この世に生まれてすでに65年。今年こそ「失われたホンモノを求めて」さらに先へと歩を進めてゆけるように努力を続けてゆきたいと思う。
 
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
2020年正月
藤田博史